私たちの未来を構想するための
2つの2050年

2050年の将来を2つのシナリオ間で比較する

災害に強くしなやかで自然の豊かさを享受できる地域社会は、いかにして実現できるのか。

この課題を、土地利用のあり方から考えるきっかけを提供するため、私たちの研究プロジェクトでは2050年の将来についてシナリオ分析を行いました。

2050年の将来について、人口分布と土地の使い方は現状の変化傾向が続いていくと仮定した「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と、土地の使い方を見直し災害リスクを回避するとともに自然の恵みを積極的に活用する「改善した将来(Eco-DRR※シナリオ)」の2つの将来シナリオを設定しました。J-ADRESでは、それぞれの自治体(市区町村)ごとに2つの将来シナリオのもとで「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」をそれぞれ評価し、それらを総合した「土地利用総合評価」を行っています。

「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」の結果を比較することで、土地利用のあり方が、災害リスクと自然の恵みにどう影響するかを理解することができます。土地利用を工夫することで、「災害からの安全度」をどこまで増やすことができ、それと同時に、「自然の恵みの豊かさ」をどこまで確保できるかを、考えていただければと思います。

なお、それぞれの自治体ごとに結果をまとめていますが、2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により、将来の土地利用や人口分布の予測が困難な場所が含まれる自治体については、評価できていません。

「このままの将来(なりゆきシナリオ)」とは?

「このままの将来(なりゆきシナリオ)」とは、土地利用や人口分布が現状の傾向のまま2050年まで変化していくと仮定し、2010年の状態と同じ災害ハザードのもとでの「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」を評価しました。

2010年頃と比較して、2050年にはほとんどの自治体において人口が減少すると予測されています。土地利用については、農地が減少して耕作放棄地が増加し、森林が増加すると予測されています。住宅については、10年以上にわたって空き家になると想定された場合は、住宅が解体され撤去されると仮定しました。

「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」とは?

「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」とは、土地の使い方を工夫して災害リスクを回避するとともに、自然の恵みを積極的に活用する将来(2050年)を想定したものです。

具体的には、自治体ごとの人口自体は「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と同じ傾向をたどりますが、災害ハザードのある場所の居住をできるだけ避ける一方、安全な場所に居住する人口ができるだけ減らないような将来を想定しました(危険な場所から安全な場所に移住することを仮定)。

災害ハザードがある場所で居住者がいなくなった土地は、二次林や湿地の生態系に自然再生すると想定しました。このような土地利用と人口分布のもとで「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」を評価しました。

2つの将来シナリオ比較で見えてきた違い

「このままの将来(なりゆきシナリオ)」と「改善した将来(Eco-DRRシナリオ)」は、具体的にどのように違うのでしょうか。仮想の町を例に考えてみましょう。

上の「このままの将来」では、洪水や高潮による浸水ハザードがある場所や、土砂災害のハザードがある場所にいくつかの住宅があります。これらの住宅はハザードに暴露されていて災害の潜在的な危険があるため、災害リスク(居住者と建物)があると言えます。人口減少が進んだ2050年には、居住者がいる住宅だけでなく、空き家になっている住宅がいくつもあります。ハザードに暴露されていない安全な場所にも、居住者のいない空き家が見られます。

下の「改善した将来」では、洪水や高潮による浸水ハザードや土砂災害ハザードのある場所にあった住宅はすべてなくなっています。それらの住宅の居住者は、2050年までにハザードに暴露されていない安全な場所にある空き家に移住しています。ハザードに暴露された住宅がないので、災害リスク(居住者と建物)はもはやありません。また、安全な場所にある住宅の空き家はもうありません。そのため、この町の住まい方は、よりコンパクトになったと言えます。

なお、ここで示した例は、危険な場所に住む居住者の数と、安全な場所へ移住可能な人数が等しい場合となっています。自治体によっては、空き家があまり発生せず安全な場所へ移住可能な人数が少ない場合や、危険な場所に住む居住者の数がとても多い場合があり、「改善した将来」のシナリオであっても危険な場所に居住者が残ることもありえます。

「改善した将来」では、住宅がなくなったハザードのある場所は湿地や二次林の生態系に自然再生されています。さまざまな生態系サービスが、自然再生された生態系からもたらされることで、この町全体の生態系サービスが向上しています。

シナリオ分析の結果と傾向

「このままの将来」に比べて「改善した将来」では、ほとんどの自治体において「災害からの安全度」のスコアが増加しています。しかし、スコアの増加の程度は、自治体によって大きく違います。

「災害からの安全度」がもともと高い自治体では、災害ハザードのある場所の居住をできるだけ避けても、スコアの増加はほとんど見られません。しかし、「災害からの安全度」が中程度の自治体では、災害ハザードのある場所の居住を避けることでスコアを大きく改善できる自治体がある一方、危険な場所に住む居住者の数が多い場合など、人口減少分のハザード回避だけではスコアがほとんど増加しない自治体もあります。また、「災害からの安全度」が低い自治体ほど、危険な場所に住む居住者の数が人口減少数と比べてとても多く、災害ハザードのある場所の居住を避けるだけでは、スコアの大きな改善は見込めないようです。

一方、「自然の恵みの豊かさ」は、生態系サービスの指標によってスコアの変化は異なります。「このままの将来」に比べて「改善した将来」では、湿地や二次林の生態系が自然再生により増えたことで、炭素吸収量などすべての調整サービスと、供給サービスのうち水供給ポテンシャルのスコアがすべての自治体で維持または増加しています。一方、緑地へのアクセス性などすべての文化的サービスは、自治体によってスコアの増加と減少がばらつきます。これは、「改善した将来」において居住地がよりコンパクトになる分、緑地や水辺から遠ざかることがあるためです。

まとめ

2つの将来シナリオの違いは、自治体によって大きく異なります。人口減少の機会をとらえたハザードへの暴露回避が、災害リスクの低減と生態系サービスの向上をもたらす自治体では、土地の使い方の改善による大きなメリットが期待されます。一方、人口減少分のみのハザードへの暴露回避だけでは、災害リスクの低減が難しい自治体もあります。そうした自治体では、安全な場所でよりコンパクトに住まうなど、別の方策によってさらなる暴露回避ができるかもしれません。

それぞれの自治体で状況は異なりますが、「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」の視点から、土地の使い方についていま一度確認するとともに、2つの将来シナリオを比較しながら将来の土地の使い方について考えてみてください。J-ADRESが、私たちが住まう土地の使い方を工夫することの大切さを知るきっかけになれば幸いです。

※Eco-DRR(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction):生態系がもつ多様な機能を活用する防災・減災